太陽光を反射して光る通常の人工衛星と異なり、自ら光を発しながら周回している人工衛星は観察対象としても興味深いものです。
■ICESat-2
2018年9月にNASAが打ち上げた地球観測衛星ICESAT-2は波長532nmのグリーンレーザーを地表に向かって常時照射しながら飛行しています。送出した光と戻ってきた光の時間差から距離を測定するいわゆるLIDARで地球全域の標高を測り続けています。約90日で一巡する観測を継続しているため例えば極地域の氷の厚さの変化も把握できるということで、地球温暖?化関連のテーマにつながるプロジェクトとも言えるでしょう。2022-09-16の夕方藤井大地さんの流星観測用カメラがこの衛星の発するレーザー光のビーム端が上空の雲を照らしながら移動する様子を偶然捉えて話題になりました。
具体的には共通の光源からのレーザー光を回折光学素子で6本に分割し強弱ペアx3組で地上をスキャンしています。強弱の光パワーの比率は4:1、強弱のビームの距離は2.5km、ペア間の距離は3.3km、強弱のビームは全く同じ位置ではなく90m離れた位置を通ります。光源は10kHzで駆動しているのでほとんど連続発光のように視認されます。
地上におけるビームの直径は約17mです。靄の多い夜にビームの直撃を受けたときは周囲が緑色に光るのを感じるほどでした。これはおそらくビギナーズラックでその後は一度も直撃を受けることはできていません。
ICESat-2の公式サイトに概要や説明動画があります。
https://icesat-2.gsfc.nasa.gov/science/specs
https://icesat-2.gsfc.nasa.gov/multimedia
https://svs.gsfc.nasa.gov/11726
ICESAT-2の周期は94.2分なのでレーザー光のスポットが地表を移動する速度は
6378000*2Pi/(94.2*60)=7090m/s=25525km/h
と新幹線の100倍くらいの速さです。10kHzパルス発光なので70.9cm進むごとに直径17mのビームが1発照射されていることになります。進行方向に沿って切れ目なく照射されているわけです。
雲の無い快晴の夜に強弱ペアが通過する位置から観察していると進行方向に2.5km離れた強弱2本のビームが約0.35秒の時間差でチャチャっと通過する様子が肉眼でも見えます。特に靄がかかったような気象条件のときにはレーザービームが途中でミー散乱を受けるため緑色の光の通り道がわかりやすくなります。このような現象は発見者の名前を取ってチンダル現象と呼ぼれています。スモークを焚いたコンサート会場や雲の切れ間から太陽光が地上に届く「天使の梯子」なども同じ原理です。
さて、これを見ようとするときはどうすればよいでしょうか?一番確実なのは3ペアのうちのセンターのペアが通る位置に陣取ることです。ビームの照射位置は完全に衛星の真下というわけではなく観測のサイクルごとにわずかに角度を調整しているそうです。(なかの人から聞きました。公式サイトの説明図の中にも「Operational off-nadir pointing over land areas」という記述がありました。)しかし、われわれ素人がお楽しみで眺める程度ならほぼ真下と考えておくしかなさそうです。
ICESAT-2を表示するためStellariumにセットするURLは以下ですhttps://celestrak.org/NORAD/elements/gp.php?CATNR=43613
これで現在地からどう見えるかはわかるようになりましたが問題はこの衛星が天頂に見えるような観測場所はどこかということで、これはStellariumで探れないこともないのですが手間がかかり厄介です。この目的に叶うサイトがあるのでまずはこちらで当たりをつけます。https://www.n2yo.com/passes/?s=43613
10日以内に可視状態で通過することがあればここに表示されるのですが、今の時期はたまたま可視通過が全くない時期だったようでデフォルトでは何も表示されていません。
ここで衛星に光が当たっていない通過も表示させるため「All passes」ボタンを押すと設定した所在地から地平線より上に見える通過の一覧が表示されます。この表の中央「Max Altitude」列に注目します。LocalTimeが昼間の行は見えないので対象外、この時刻が夜の行の中でEL(elevation 地表高度)ができるだけ大きな行を探します。これが大きいほど所在地から観測地までの距離が近いので移動が少なくてすみます。90度なら理想的でレーザービームが自分の所在地を照らしながら通過することを意味します。この表は倉敷市基準ですが2023/11/10の23:04に87度まで昇ることがわかります。これならわずかに移動するだけで衛星が天頂に見えそうです。
衛星は極地方を通って周回しているので南から北へ通過する場合と北から南に通過する場合があります。StartとEndの列を見れば通過の方向がわかります。
右端の列の「Map and details」のリンクをクリックすると地図が表示され衛星の地上軌道がオーバーレイされます。この地図は住宅地図レベルまで拡大でき観測場所の精密な確認が可能です。このライン上であればどこでもレーザー光を浴びることが可能なのでこの地図や相当する場所のGoogleMap、GoogleStreetView等で現地の状況や視界の様子、駐車可能な場所があるか等を検討して観測適地の候補を選定します。通過の際の天候も考慮して離れた場所にも観測地を探しておく方がよいでしょう。
正確な座標が決まったら衛星が本当に天頂を通るかStellariumで確認します。するとなぜかたいていの場合衛星の軌道は天頂から外れています。(これを書いているのは11/7です。)
そこで逆にGoogleMapで「34°35'01.5"N 133°46'41.7"E」を検索するとN2YOの予報よりも西に774m離れた位置にアイコンが表示されました。つまりN2YOの予報もそのまま信じてしまうのは危険ということです。
N2YOサイトが元にしている軌道要素の出典が不明なので比較はできませんが、更新頻度や更新のタイミングによる差もあるかもしれませんし、アルゴリズムに違いがあるのかもしれません。この例は実際の通過まで日数もありかなり誤差があると思われます。軌道要素は様々な要因で変動します。太陽活動によって高層大気の密度が変わると飛行の抵抗も変わります。また衛星のオペレーションのため人為的に軌道や姿勢を変更する場合もあります。いずれにしてもできるだけ直前の変動を反映した地上軌道の確認が必要でしょう。候補地探しはいつでも柔軟に対応できるようにしておく必要があります。
■ICESAT-2観察のポイント
天候によってポイントは大きく異なります。快晴で大気の透明度も良い場合は前掲のようなビームの散乱は見えづらくなります。また、該当するビームの強弱のペアしか視認できず、3.3km東西に離れた別のペアは殆ど視認できないでしょう。
チンダル現象を起こすような靄やPM2.5などが存在している場合は前掲のような散乱光を見ることができます。高い位置まで粒子が存在している場合は隣のペアの強い方のビームによる散乱光が見える可能性はあるでしょう。
上空に薄雲がある場合は様相が異なります。薄雲がスクリーンとなりビーム端が光の点として映し出されます。これが衛星の飛行速度で移動するため線状に視認されます。この場合薄雲によって光は減衰するためチンダル現象による散乱光は見えづらくなるでしょう。
薄雲が高い位置にある場合、隣のビームペアも視界に入ってくる可能性があるので興味深い光景を目撃できる可能性が出てきます。実際筆者は薄雲の上に模式図通りの6つの光点が映って高速に移動する光景を肉眼で目撃したことがあります。その時の撮影で強弱ペアの光跡が写せたので雲の高さが約300mと推定できました。背景に星が透けて見えるくらいの薄雲が流れている状況だったのですがこのくらいの低さでも6点を同時に眼視できる可能性があります。高さが上がればもっとゆっくり鑑賞できることでしょう。
ビームの軌跡が撮影できた別の例も挙げておきます。
2023-11-10 23:04:54 岡山県浅口市寄島町 α7SIII+EF50mmF1.4 120fps動画
この日は薄雲の雲高がかなり高く中央と西側のペアが同じ画角内に写り、ここからおよそ9kmと推定されました。雲の状況によりますが、35mm~20mm位の明るいレンズがあれば3ペア6本ともビーム端の軌跡を写すことができるかもしれません。
撮影の際はタイムラプスを撮影するような方法はおすすめできません。レーザー光の通過は一瞬なのでコマとコマの間に光れば何も写りません。やはり動画撮影が必須です。特に上空に雲がある場合、雲に映ったビーム端の移動を捉えるためには感度が許す限りフレームレートは高くした方が動きがわかってよいでしょう。筆者も数えるほどしか経験がないのでまだ試行錯誤の段階ですが毎回何らかの発見(&失敗や後悔)があります。
撮影も面白いのですが通過の瞬間はぜひ肉眼で天頂を見上げておくことをおすすめします。観測場所の座標が決まりその座標でStellariumを使って衛星の通過時刻を確認しておけばほぼ間違いはないので、時報を流しながら構えておけばタイミングを逃さなくて良いと思いま
す。大気の透明度が良い場合は特にビームの指向性が鋭くなるのでかなり正確に直下で構えていないと肉眼では視認できない可能性があります。
ICESAT-2について詳しく知りたい方は下記を参照してください。
https://icesat-2.gsfc.nasa.gov/
また、有料ですが下記サイトから更に詳しい情報を得ることもできます。
https://www.spiedigitallibrary.org/conference-proceedings-of-spie/11151/111510C/ICESat-2-mission-overview-and-early-performance/10.1117/12.2534938.short?SSO=1
■2024-05-10 CMEの影響で休止中
2024-06-11 正確にNadir Pointとなる撮影地も見つかり神辺へ出動。快晴だけど湿度が高く薄く霧がかかったような気象条件で期待が高まる中撮影。ところが、通過時刻 01:05:27には何も見えず。肉眼で見えなくても105mmで撮影した画像を処理すれば必ず写っているはずの ICESat-2が全く写っていない。 pic.twitter.com/tZzjt30uCr
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) June 11, 2024
NASA’s ICESat-2 satellite returned to science mode on June 21 UTC, after solar storms in May caused its height-measuring instrument to go into a safe hold.」
■X (旧Twitter)への投稿
藤井大地さんのTweetに触発されてレーザー光が撮影できそうな条件を探し岡山からはるばる鈴鹿まで出かけた時の記録です。ICESAT-2、次のチャンスを探ってみたら9/28夕方のパスがありました。レーザー6本のスキャン幅は不明なのでとりあえず真下で構えるのがよさそう。幅は@NASA_ICE に直接聞いた方が早いかな?
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) September 22, 2022
ICESAT-2の概要についてはhttps://t.co/n8VxsaUIJYhttps://t.co/RiUXOS4TSchttps://t.co/q6qbPM3kWE https://t.co/n36VGA6POS pic.twitter.com/Qstc8K4HlB
苦節11ヶ月、ついに撮れました。
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) August 12, 2023
2023-08-11 18:25:21 UTC
34°28'25.42"N 133°35'31.39"E
藤井大地さんに続きビームが撮影されたのは世界2例目かも。狙って撮れたビームとしては世界初だとうれしい。@NASA_ICE さん。認定してくださ~い。#ICESAT2 #ICESAT pic.twitter.com/J0FN3vNMks
GPS同期するRasPiカメラのタイムスタンプから時刻
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) September 3, 2023
2023-08-11 18:25:21 UTC
公園の舗装タイル模様から観測位置
34°28'25.39"N 133°35'31.39"E
ここから得られる星図と撮影した比較明画像をアライメントして天頂位置が正確にわかる画像を作成しました。
6つの発光も写ってます。@NASA_ICE#ICESAT2 pic.twitter.com/bEygDgwtbz
観測場所を精密に合わせた描画です。ICESAT-2の軌道要素は自動更新されないようチェックを外しました。GoogleEarthで6本のビームを作図してみようと思います。 pic.twitter.com/gaArF6s4Sv
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) August 13, 2023
2023-10-05 00:45:44 #ICESAT2 のレーザー光
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) October 7, 2023
HKIR EOS6D + 50mmF1.4 動画30fps
再生速度は半分にしています。@NASA_ICE pic.twitter.com/TbRdTo6tD0
更新した予報図https://t.co/Bon2rcpGrw
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) September 11, 2023
の中心線で構えていたところ6つの光点が揃って移動する様子を肉眼で見届けることができました。薄雲に映る光点を捉えるにはもっと広角が必要なことを実感。8/12に使った2.8mmを8mmに替えたのが悔やまれます。@NASA_ICE#ICESAT2 pic.twitter.com/hwZvE18H8t
天候は薄雲が通過するこんな感じでした。夕方までの雨が上がり急速に晴れてきている状況で、空がクリア過ぎたのか肉眼では視認できませんでした。 pic.twitter.com/0bEQbVluPQ
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) November 12, 2023
藤井大地さんがICESAT2を捉えた際の雲高は上層が13km、下層が2.4km位でした。
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) November 13, 2023
このとき下層の雲の隙間から上層の雲に映ったビーム端の移動も同時に見えていました。https://t.co/kYqDJlGDCA pic.twitter.com/lhfCQuj0L4
#ICESAT2
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) April 4, 2024
ビーム散乱光の部分を抜き出し比較明合成をアペンド
2024-04-01 19:25:06(UTC) 岡山県笠岡市
Canon EOS6D 105mm F1.4 30fps PixInsight
東側ペア、中央ペアの4本が写っています。
ICESat-2の観察方法は以下にまとめています。https://t.co/HmOCFjDWZl pic.twitter.com/x63S2bJdE1
2023-11-02 23:21:48 JST 兵庫県三木市
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) November 6, 2023
α7SIII Samyang14mmF2.8 動画60fps 等倍速
60度離れた位置に月齢19.6の月#ICESAT2 のビーム端が地表を通過する速度は7090m/s=25524km/h pic.twitter.com/XXqxxc3EUo
2024-04-02 04:25:06 JST#ICESAT2 が近所を通過。
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) April 2, 2024
靄の多い天候で夕空の水星は見えず尾の撮影は断念、12P彗星も今ひとつの写りでしたが、お陰で翌朝のレーザービームは肉眼でも視認できました。6本中4本が写っています。
α7SIII+18mmF1.8 4K 120fps撮影から2000x2000をcrop
30fpsで再生しています。 pic.twitter.com/7IF1dRXPSS
2023-11-10 23:04:54 JST 岡山県浅口市寄島町
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) November 12, 2023
α7SIII EF50mmF1.4 動画120fps 4倍スロー
直下より西よりに陣取ったところ中央と西側のペアが映りました。これは快挙かも。#ICESAT2 pic.twitter.com/0HAr2eQxAp
2023-11-02 23:21:48 JST 兵庫県三木市
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) November 5, 2023
EOS6D 50mmF1.4 動画30fps
2.5km(0.35s)先行する弱い方のビームも写っています。Tyndall Night(造語です)に感謝。#ICESAT2 pic.twitter.com/jPtGLE9vpr
#ICESAT2 のレーザー光
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) December 19, 2023
2023-12-13 21:32:42 JST
広島県三原市
Samyang14mmF2.8+α7SIII 120fps
を8倍スロー15fpsで表示 pic.twitter.com/P73OYi8R2A
こちらはEOS6D 30fps SigmaArt105mmF1.4
— apnea3_毒注射は危険。みんな早く気づいて!もちろん永遠に未接種、いつもノーマスクです。 (@apnea31) April 2, 2024
悲しいほど低感度なのでPixInsightのHistogramTransformationを適用しています。#ICESAT2 pic.twitter.com/xI8g9VDPYk
■DAQI-1
レーザーによる散乱光が偶然映り込んだことで話題になりました。
https://youtu.be/vn_PMiND4Yw
このときの映像を見ると20Hz位で間欠的な照射を行っているようです。
衛星に関する情報が下記で紹介されています。
■ハワイで見られたようなビーム散乱光が撮影できるか?
Last night (early morning 2023-1-28 HST) was cloudy on Maunakea. But our Subaru-Asahi Star Camera captured quite an interesting view -- green laser lights coming from the sky! It was only a second or less -- but our keen viewers did not miss the event!動画のCaptionを見ると当日は雲が存在していたようです。ビームはICESAT-2に比べてかなりパワーが弱いようなので快晴だとまず散乱光は写らない気がしますが、新月、光害なし、薄雲や靄ありの状況下なら可能性はあると思います。すばる-朝日星空ライブカメラはSONYα7S III +FE 24mm F1.4 GMの組み合わせだそうです。(明るいレンズがうらやましい...)
Youtubeを探してみるとDAQI-1のビームが薄雲で散乱される様子が福島県で撮影されていました。まだらに存在している雲をビームが通過するところだけ光っています。人工灯火の少ないロケーションで気象条件さえ整えば写せる可能性はありそうです。
https://youtu.be/Zg3EIKyw4Ns?si=_uNLWpQyrmsXEgng
- 2023-01-28 ハワイ マウナケア
- 2022-12-20 福島県 滝川渓谷
- 2023-04-23 三重県 桑名市